【インタビュー】ラデク・バボラークさん(ホルン奏者)
2023.10.03
チェコ出身のホルン奏者ラデク・バボラークさんが、気心の知れた同郷の演奏家仲間と結成した「バボラーク・アンサンブル」が今冬サラマンカホールに登場します。バボラークさんに自身のホルン人生とサラマンカホールの公演プログラムに懸ける思いをお伺いしました。
―バボラークさんといえば、ベルリン・フィル在籍時代を思い浮かべるファンが多いですね。
(バボラーク)17歳の時に最初にオーケストラ団員として活動を始め、バンベルク響やチェコ・フィル、ミュンヘン・フィルを経て、最後にベルリン・フィルにたどり着きました。全てのオーケストラでの経験は私にとって重要ですが、音楽家として一番大きなステップとなったのはベルリン・フィルでした。この経験なしに現在の私の音楽家人生は想像できません。
―オーケストラを退団されて、ソリストとしての道を選ばれました。
(バボラーク)オーケストラ団員を経てソリストになるというのが理想的な道順に見えるかもしれませんが、私はホルンを始めた8歳の頃から、ソリストやその後に教師となるための音楽教育を受けてきました。色々なコンクールで優勝しましたが、家族を養うなど経済的な理由からオーケストラに入るのが一番良い方法でした。17年ほどオーケストラ奏者として活動した後、ソリストとして、ある意味、音楽を始めた頃の自分に再び戻ってきた、というように感じています。
―近年は指揮者としても大活躍ですが、今後ベルリン・フィルを振りたいという夢をお持ちでしょうか。
(バボラーク)もちろん、機会があれば喜んで(苦笑)。しかし、私は将来を夢見て生きるのではなく、今、自分の目の前にあるものに集中するタイプの人間です。それは自分の夢がかなえられている瞬間だからです。
指揮の仕事は、陸上競技に例えると短距離ではなく、マラソンのように長い視点で考える必要のあるものです。すでに12年指揮をしているので、色々なオーケストラに伺って指揮をする準備はできていると思っていますが、総譜を読み、それをどのように解釈し演奏家に伝えるのかという作業は一朝一夕にできるものではなく、長い目で見て取り組んでいく活動です。
―バボラークさんと小澤征爾さんのつながりを感じます。
(バボラーク)小澤征爾さんの音楽ファミリーに加えていただけたことは、私にとってとても幸せなことです。長野オリンピックの開会式で最初に演奏してから、彼の数多くのプロジェクトに参加してきました。彼は私の唯一の指揮の師でもあります。特に印象的だったのは、水戸室内管弦楽団の定期公演100回記念でベートーヴェンの第九を演奏した際、彼が私に第1・2楽章を指揮する機会を与えてくれたことです。第3・4楽章は彼が指揮を振り、私はオーケストラに加わりました。それはとても異例なことです。彼は天才的な音楽の技量を持っており、私とは音楽性も個性も随分と異なるので、とても難しい経験でした。私にとって彼は音楽界の父のような人です。彼と同じ指揮の舞台に立つという、音楽的に私に信頼を託してくれた、他にはない光栄な機会でした。
―12月2日サラマンカホールの公演はモーツァルトの作品が中心となっています。
(バボラーク)モーツァルトの音楽、モーツァルトのホルンの作品は、私が幼いころから非常に親しんできたもので、私のレパートリーの中心となっています。6年ほど前から、よりちいさなアンサンブル、モーツァルト自身がホームコンサートでやっていたような様式で演奏を始めました。このスタイルが好評を得て、ザルツブルクに招待され、最近ではヨーロッパのほかの土地でも演奏する機会が増えました。聴衆が気に入ってくれ、大変成功していますので、ぜひ日本の皆さんにも聴いてほしいと思いました。
今回のプログラムは、オリジナル編成の作品(ホルン五重奏曲 変ホ長調 K.407 / 386C)だけでなく、ヴァイオリンとピアノのために書かれた作品(ホルン四重奏曲;原曲:ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 K.304)や、ホルンとオーケストラのための作品(ホルン協奏曲第1番 K.412&514、第2番 K.417)をホルンと弦楽四重奏用に編曲したものを演奏します。様々な編成の原曲をホルンと弦楽合奏の編成にアレンジして演奏することで、モーツァルトの音楽の幅広さを見せられて面白いのではないかと考えました。
―ホルンと弦楽合奏版への編曲について教えてください。
(バボラーク)モーツァルトの2つの協奏曲に関しては、ウィーン・ホルン・クラブ(あるいはアソシエーション)で編曲された楽譜を見つけ、それに手を加えました。ヴァイオリン・ソナタ ホ短調とブラームスの弦楽五重奏曲第2番ト長調 op.111(ホルン五重奏曲)は、ヴァイオリン奏者で作曲家のアスラマスが編曲しました。大体の場合、まず私がホルンのパートを書き、オーケストラやピアノのパートについては、“こうしてほしい”というアイデアを楽譜に少し書いて編曲者と共有し、続きを書いてもらいます。編曲者は私のことを熟知しているので、パズルのように分散している私のアイデアをきれいにまとめてくれます。
―協奏曲について、室内楽版とオーケストラ版でソロを演奏する際に違いはありますか。
(バボラーク)とても大きな違いがあります。同じ音楽ですが、演奏上は全く異なります。なぜなら、オーケストラと演奏する場合、私はソリストとしてオーケストラをリードしていく立場ですが、オーケストラとはソリスト対グループという関係性になるからです。しかし弦楽四重奏ではホルンと第1ヴァイオリンがより対話的になります。私とそれぞれの奏者が1対1の対話を重ねていくような音楽の作り方をします。
―ヴァイオリン・ソナタホ短調は大変有名な曲で、誰もがヴァイオリンの響きを想像していると思います。
(バボラーク)この曲は短調の作品で、ヴァイオリンの低音域、ほとんどD線とG線上で書かれています。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタの中でとても特殊な性質で、音楽的にとても強い性格を持っており、ホルンで演奏してみたら面白いのではないかと思いました。最初はホルンとピアノで演奏していましたが、その後ホルンと弦楽四重奏版に編曲しました。
―最後に、サラマンカホールのお客様へメッセージをお願いいたします。
(バボラーク)とてもシンプルですが、生のホルンの音がどういうものなのか、演奏会で聴いていただきたいです。今回、自分の気心の知れた仲間、特にアンサンブルのメンバーには私の妻もいますし、皆でサラマンカホールへ伺えることが本当に嬉しいです。とにかく、たくさんの方に来ていただき、皆さんでモーツァルトとブラームスの音楽の愉しさを分かちあえることを望んでいます。
ラデク・バボラーク(ホルン)
Radek Baborák
1976年チェコのパルドヴィツェに生まれる。プラハ、ジュネーヴ、マルクノイキルヒェンに続き、94年ARDミュンヘン国際コンクールで優勝した。その際、「美しく柔らかな音色」「完璧な演奏」「ホルンの神童」と評され、世界の注目を集めた。オーケストラでは、チェコ・フィル、ミュンヘン・フィル、バンベルク響、ベルリン・フィルの首席ホルン奏者を歴任した。サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団をはじめとする世界中のオーケストラにも参加し、ソリストとしても共演を重ねる。小澤征爾、バレンボイム、ラトル、ヤルヴィ親子、レヴァイン、アシュケナージ等、トップクラスの指揮者の信頼も厚い。ベルリン・フィル、バイエルン放送響、ミュンヘン・フィル、バンベルク響、ケルンWDR響、チェコ・フィル、ロイヤル・フィル、スイス・ロマンド管、フィンランド放送響、サンクトペテルブルク・フィル、モスクワ・フィル、ザルツブルク・モーツァルテウム管等と共演した。抜きん出たテクニックと成熟した音楽は常に絶賛されている。
近年は指揮者としての活躍も目覚ましく、ヨーロッパ各地のオーケストラや、日本では水戸室内管弦楽団、サイトウ・キネン・オーケストラ、新日本フィル、名古屋フィル、札幌交響楽団等の客演指揮者を務めた。2018年から3年間、山形交響楽団首席客演指揮者を務めた。2021年には西ボヘミア交響楽団首席指揮者に就任している。
【公演情報】バボラーク アンサンブル 2023年12月2日(土)14:00開演(13:30開場)
[出演]ラデク・バボラーク(ホルン)、ミラン・アル=アシャブ、マルティナ・バチョヴァー(ヴァイオリン)、カレル・ウンターミュラー(ヴィオラ)、ハナ・バボラコヴァ(チェロ)
[プログラム]モーツァルト:ホルン五重奏曲 変ホ長調 K.407/386c、ホルン四重奏曲(原曲:ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 K.304)、ホルン協奏曲第1番 ニ長調 K.412&514/386B、第2番 変ホ長調 K.417、ブラームス:ホルン五重奏曲(原曲:弦楽五重奏曲第2番 ト長調 op.111)
[料金]全席指定 S席5,000円 A席3,000円[サラマンカメイト S席4,500円 A席2,700円]※学生半額。
【関連講座】オトナの課外授業2023 シリーズ6「モーツァルト世界への招待」
2023年10月28日(土)14:00~16:00
講師:岡田 暁生(音楽学者・京都大学人文科学研究所教授)